ウガンダ42日目 9/26(雨→晴れ)

 朝は、7時には準備完了の状態で起きていた。カンパラは、孤児院に比べて暑かった。こっちの方が、標高が低いのだろうか。でも何をしたらいいのかわからなかったのでレポートを書いて自分の部屋で待っていた。8時ごろに部屋にティーとサモサを持ってきてくれた。サモサは、チャパティの生地にペースト状の豆を挟んであげたようなも のだった。美味しかった。そのあとは、ここの家の横でカフェを経営している日本人を紹介してもらった。今は、カフェをしていないらしく改装中だった。その人は、こっちでスタディーツアーとかをやって いるらしい。今の顧客は、京大や同志社の生徒たちだ。そこから色々喋った。別れた後もしばらくして、彼女が戻ってきてスイス人と話し ていた。そこで、いらなくなった薬などを渡してあげた。孤児院で渡して誤用されたら困るので日本語がわかる人に渡したかった。そこでまさかの日本人に会えたので万々歳だ。昼ごはんは、ポショにナスを乗っけたものが出た。ポショは残してしまったが、ナスは最後まで食べた。ナス嫌いだった自分。成長しました。ご飯の後は、家のテラスにスイス人の女の子が連れて言ってくれた。テラスからは、ビクトリア湖も見えて気持ちよかった。 その後は、自分の部屋でこのレポートを書いている。昨日現地団体の長が9時に迎えにくると言っていたのだが、今は 16 時。さて何時にくるでしょうか。結局 17 時ごろに迎えにはいかないという連絡が来た。それからは、スイス人の子に千代紙をプレゼントして鶴を折ってあげた。その後に、自分も折りたいと言ってくれたので教えてあげた。完成した時、私よりも上手でびっくりした。 実際、ホームステイ先の子供も彼女の方がうまい と言っていた。これは、認めるべき事実だろう。その後は、彼女がスイートバナナをくれて食べたり、夕食は昼と同じものを食べたり、 食後にマンダリンを食べたり、ウガンダ終盤で最初の牛のミルクを飲んだ。日本のより臭かったが許容範囲だ。ミルクを飲んでいる時に、ホームステイ先の子供が、1ヶ月の赤ちゃんを連れて来てくれた。1ヶ 月は、3ヶ月ベイビーよりももちろん小さくてとても可愛かった。8 時くらいにスイス人の女の子が寝るというので短い間だったが最後の別れをした。彼女が寝た後は、お世話をしてくれている女の子とボードゲー ム系の遊びをした。一個は、サイコロを振ってでために応じてピエロの体の一部を集めて最終的に一番長いピエロが完成した人が勝ちのゲ ーム。2個目は、よくわからなかった。ゲームをしながら過去のボラ ンティア生について喋ってくれた。とても良いボランティア生や 16 歳の男の子で、寂しがりやでずっと喋り相手がほしい子で大変だった ボランティア生、物を盗んで行った人の話などたくさんしてくれた。 話を聞いているうちに時間がきて現地団体のスタッフが 10 時過ぎに迎えに来てくれた。そこから空港に向かった。制限速度は、もちろんとてもオーバーしていたが。空港の近くで信号を初めてみた。信号には各々カウントがついており赤信号のカウントが 0 になった瞬間にみんながスタ ートをするので実写版マリオカートみたいで面白かった。点滅や黄色がないため、歩行者はとても危険だったが。空港には 11 時についた。チェックイン開始までには時間が 2 時間程度あったのでアオハライドを見て待っていた。その時に、今日あった日本人の方が心配してくれて連絡をくれたため安心した。日付は、映画を見ている間に変わった。

 

今日のインスタグラム

ウガンダ最終日は、なぜかホームステイをすることになりました。ホームステイ先では、スイス人がいました。たった1日のホームステイでしたが、そこでの家族の温かさを改めて感じられるとともに孤児院との貧富の差を改めて感じさせられるものともなりました。2枚目は、1ヶ月のあかちゃんです。やはり、自分は子供が好きだし将来も子供と関わる仕事がしたいなと感じました。これから、空港に向かい朝の3時50分の便で出国します。

#生存確認

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