ウガンダ25日目 9/9(晴れ時々曇り)

ウガンダダイアリー


 今日も 7 時過ぎくらいに起きて、私の準備が終わった頃にはお祈りも終わっていたし子供達も騒がしくなっていた。朝からトウモロコシ の種まきと肥料(鶏のフンなど)をまき、カバーリングをして農薬を撒く作業をした。今日の作業は、いつもより範囲が広く大変だった。今日だけでもトウモロコシの種を 1000 個近く投げたので、もはやトウモロ コシ撒きの達人の領域くらいだ。午後に、農薬を撒いた。これは、先日も記述したように壊れるし、濡れるしで大変な作業だ。自分がやっている時に、二回目の故障をした時に男の子が”I can help you”と言っ て助けてくれた。その後は、炊事場に入り浸って昼ごはんや晩御飯を作るのを手伝っていた。その時に、今まで気になっていたスープの色がやばい理由がわかった。スープには、ナッツを砕いてペースト状にしたやつを使っていたので茶色い色になっていたのだ。それに、小魚(現地の子供は、river fish と呼んでいた。)の煮干しのようなものを入れていたのでさらに限界のような色をしていたのだ。また、ポショを作るのをやったが 20 人分のポショは量が多くて混ぜるのがとても大変だ。全然 スムーズにいかない。しかし、いつも炊事をしている 14 歳の女の子は、難なくこなしてしまう。おったまげだ。炊事をしている時に、ユニセフについて聞いてみた。ユニセフについては、詳しくは知らないけど ユニセフのノートは持っている。しかし、それは地元の学校で配られたものではなくて mother がカンパラから持って来たものだ、ということだ。学校では、いっさいユニセフ関係のことは行われていないそうだ。 夕方には、久しぶりのお祈りをした。もちろん、お祈りは何を言っているかわからないので、2 時間のただただ耐える時間なのだが。今日は、 パシコがお祈り中に起きていたので、お祈り中あやしながら時間を過ごすことができたので良かったが。ちなみに夕方のお祈り中は、畑仕事に疲れ切っていた boys は、爆睡をしていた。お祈りの後は、子供達と現地の民族楽器のようなものを叩いて遊んだり踊ったりして時間を過 ごした。また、ラジオを聞いている時に「日本では、90 棟の家が崩壊 し、何人かが病院送りになった」と伝えられたので、同時刻で日本に起 こっていた台風の凄まじさを知った。夜は、最近自分の中で流行っている外でご飯を食べること。この時に、子供だけでなく犬も寄ってくるようになったので普段餌付けしていることがバレそう笑。せめて、mother がいない時に来てくれと思った。子供たちは、本当に携帯が好きで私が 携帯をいじっていたらすぐにphoto meやplease simなど行って来てすぐに携帯を取られてしまう。そしたら、もれなく回線を使った動画を 見られてしまうので、容量が消費されてしまうのが難点だが。しかし、 今夜はそれがメリットとなった。ツイッター上でウガンダで活躍している人のウガンダでの写真や動画を子供達に見せてあげることができ た。また、難民についての動画も見せることができたので難民についても聞けた。事前の情報通りやはり Makondo や Masaka では難民は多く入って来ているらしい。Kampara でも難民はやはり多いらしい。主にコンゴや南スーダンなどの国からくるらしい。また、子供たちの学校にも難民の子供が少ない数ではないくらいいるらしい。そんなことも聞けたので良いツイッター閲覧となった。夜のお祈りの時間は、2日遅れで書いていたこのレポートの日記を書いていた。(寝落ちしながらも。)お祈りが終わったタイミングでは完全に寝落ちしていたので子供に笑われながら起こされた。終わったあとも、少しこのレポートを書き、mother と難民の話を少しして早く寝て明日の朝に続きをやりなさいと言われながらレポートを書いていた。部屋に帰ってからは、すぐに寝落ちしました。

 

今日のインスタグラム

3ヶ月の子供です。日に日にできることが増えて超可愛いです。トウモロコシがここの主な作物で、今は植える時期なのでトウモロコシの種をこっちに来てから1000個近く投げてます。ウガンダのラジオニュースでも日本の台風についてやってました。90棟が壊れ数名が病院に運ばれたと。ウガンダでもニュースをやるくらい酷かった台風みなさん大丈夫でしたか?

#生存確認

#質問待ってます