ウガンダ3日目 8/18

 現地時間 6 時に起床。今日からプログラムが始まる。(と思う。)朝は、髭剃りから始めた。自分の部屋には鏡があるわけでもないし、もちろん石鹸などもない。(両方持ってくればよかったぁ。)そのため、 ワンディのコンタクトに入っていた液体を緩衝材にして髭を剃った。 (そもそも、シェイビングクリームの役割ってなんだ??)今日の予定は、もちろん知らされておらず何時に誰が来るかは知らない笑。そんなこんなで一日がスタート!!10 時過ぎにいきなりジェームズだっけ? 現地団体の長が迎えにきた!連絡なしにいきなりきたのだ。そのときに、 実の息子と私の今回の派遣先である KCV で育った20歳の子供を連れてきたのだ。この時は、長の息子と壮大な旅をするとは思ってもいなかった。ゲストハウスを去るときに赤、青、緑のツルをそこのスタッフに渡して 朝飯(兼昼飯)を買いに行った。買ったものは、マフィンとりんごジュースだ。そこの店では、現地の人と中国人が働いていた。長によると首都カンパラでは多くの中国企業の事務所があり、また多くの中国人 がいるそうだ。その後、現地団体のスタッフにタクシーのターミナルまで送ってもらった。ここから長の息子と壮絶な旅が始まるのだ。まず、 タクシーであるハイエースに乗った。いつまでたっても出発しないのだ。それに加えて、乗って待っている間に飲み物やクッキーや何かの揚げ物を売りつけようとする商人がたくさんいるのだ。ハイエースに18 人くらい乗ったときようやく出発した。出発したのち、乗客の乗車と降車を繰り返し最高で26人がハイエースに乗っていた。(大人 18 人、子供 8 人)ハイエースにそんなに乗れるんだなぁと感動した。いくつかのスポットで車は停止した。そのとき、また例によって商人が登場するのであった。途中では、チキンを焼いたようなものが 1000UGX(30 円)で売ってたり、同様に飲み物やクッキーを売っていたのだ。このハイエースに 3 時間くらい乗って、カンパラから 140km 程度離れている Masaka についた。Masaka に着くまでに見た放牧されていた動物のランキングを作った。圧倒的1位鶏2位ヤギ3位牛4位犬 (放牧??)の順に放牧されていた。また、途中で豪華な服を着て歩いている集団に出会った。何をしているのかなと観察していたら先頭が十字架を持ち歩いていたのでキリスト教関係であることがわかっ た。ウガンダの多くの人がキリスト教のため、納得がいった。ハイエースに乗りながら感じたウガンダの問題点として、3つある。第一 は、ポイ捨てがもはや文化になっている。飲み終わったペットボトル は走行中の車から捨てるし、食べ終わった後のチキンの串もそこらへ んに捨てる。そのため、道路の脇にはゴミが溜まっているのだ。しか し、ペットボトルのゴミを拾って生計を立てている人もいるので一概に悪いとは言えないかもしれない。第二は、道路の逆走や無理やりの追い抜きが日常茶飯事になっていることだ。二車線しかないのに、なぜか4台走っていることもザラだし逆走してまで前の車を追い抜こうとする。ウガンダでは車が優先の社会のため、抜かされるぼたぼたなどのバイクは、車からクラクションを鳴らされ避ける運命にあるの だ。しかも、超すれすれのため見ているこちらもヒヤヒヤする。所々に、警察による STOP スポットがあるため、全部が全部危険なわけではないのだが。第三は、車の使い方が異常であるということだ。ハイ エースにあの人数を入れること自体は、もちろんキャパオーバーだ。 また、日本にある車検のシールというものは存在しない。それゆえ、 車検という制度自体がないことが類推される。これは、排気ガスが黒い車が少なくないことからも類推できる。さらにトランクが閉まらな い車が多いのだ。見ているこっちも荷物が落ちるのではないかと考えるほどだ。異常な使い方をしているのに事故をしない不思議さはやは りすごい。そんなこんなでハイエースを降りたのち、KCV に向かうために他のタクシーに乗り換えた。日本では 4 人のりの車であったの で、4 人揃ったら出発するのかと思った。しかし、世の中そう簡単に は物事が進まなかった。乗客が集まるまで 1 時間程度待ったのち 14 人(大人 8 人)のせた状態で出発した。運転席に2人、助手席に 3 人 後部座席に 9 人を乗せて運転していて危険だったけど、単純に尊敬し た。Masaka で降りた後は幹線道路から外れ、砂利道であった。砂利道 の幅は車 1、5 両分くらい。しかしここでも恒例の追い抜きがあり、本当に心臓に悪い。途中では、昔舗装されていたと考えられる道路を通った。よく車が通ると考えられる場所だけコンクリートが剥がされて いて、追い抜きとかでそこ以外を走ったときに車の弾み具合と傾き具合はまるでジェットコースターのようだった。そんなこんなでまずは ICYE の長の家に着いた。その後、長の息子の友達(たぶん10歳)が 運転するバイクに 3 人乗りして KCV に向かった。途中で、たくさんの 人が手を振ってくれて感動した。10 分程度バイクに乗ったのちに KCV に着いた。KCV では。子供達やスタッフの方がハグで出迎えてくれ た。犬もいて足をペロペロ舐めていた。そこで問題。僕の犬アレルギ ーはどうなるでしょうか問題。そして、狂犬病はどうなるのか問題。ムヒを持ってきたから大丈夫だと信じたい。ワクチンも打ってきてから大丈夫だと信じたい。その後、KCV のマザーに案内してもらった。2 年前に日本人のボランティア生が建てたという養鶏場やドイツ人の方が建てた勉強ルームを見させてもらった。他には。ダイニングルームやトイレ、他にも養鶏場があり、そしてスタッフ小屋、子供達のドミトリーがあった。施設は全般的に綺麗で過ごしやすい。それから夕飯のスパゲティーを食べながら KCV の現状を聞いた。KCV では3つの授業のクラスを持っている。ここのクラスには、KCV 以外からも周りの貧困の子供たちもくる。このとき、クラスを外部から受けにくる人たちからお金が取れない。それがまず問題の第一になっている。また、HIV の子供が 21 人中 2人いる。その 2 人は毎日薬を飲まなければならないがその薬が高いそうだ。HIV は薬を飲むことで発症することを抑えることができるがそこにたどり着くまで大変だ。このようにお金の問題があることを教えられた。また、頭が働いていない子供もいた。その女の子は、母親 がおらずまた父親からはレイプされていてそのため KCV にいるそう だ。その子は3ヶ月前に出産をしてその子供は、KCV で一緒に育っている。また、お風呂は樽一杯に水(適温)をはりそれで全身を洗っ た。一日の最後の儀式としてマリア様に対して pray をした。ガンダ語で進めていたため、何をいっているのかさっぱりわからなかったの で 1 時間ただただ立っているだけだった。宗教大変だなぁって。で も、徐々に pray の仕方を学んで見ようかなって思った。今日一日のことを蚊帳で書いています、寝る。おやすみ

 

 

 

ウガンダ2日目 8/17

 タイ時間 26 時 30 分(日本 28 時 30 分)に飛行機はバンコクを出発した。広州からケニア航空と共同運航だったため、バンコクからは黒人のCAさんと機長さんたちが担当に変わった。ケニア時間 23 時 30 分(日本時間 29 時 30 分)にふたたび、機内食が出て来た。ここでは、チキンorフィッシュと聞かれフィッシュを選んだら魚と芋のペーストが出て来た。アフリカを感じた笑。食べながら、「4 月は君の嘘」の続きを見て、恋愛したいー!と思いながら寝た。寝て起きたのち、ケニア時間5時(日本時間11時)に再び機内食が出て来た。Egg or ベジタブルで何も言わずとも Eggが出てきた。味は、オムレツの味無しって感じだった。また機内アナウンスは、スワヒリ語がベースでその中に英語が入ってくる感じであり、英語単体のアナウンスはなかった。ケニア時間6時30分程度になると美しい景色が見え始め、勝手に感動していた。この感動を隣に座っていた中国人に話しかけたが理解してくれなかった。景色が最高な理由として、上には雲ひとつないし、下には雲しかない。それに朝日が入ってきて地平線が綺麗な状態だった。ずっと見ていられる光景だった。ケニア時間 6 時 58 分に到着。その後、11 時まで暇潰しした。今までもらった書類の読み返しや風に立つライオンの映画を見ていた。空港内のアナウ ンスは全てスワヒリ語で何を行っているのかさっぱりわからなかっ た。11 時 40 分くらいに飛行機はケニヤッタ空港を出発した。ここではなぜか操縦士の方がみんなにドリンクサービスをしていた。なんでだ??また、1 時間未満にフライトにもかかわらずサンドイッチの提供があった。もらった時すでに袋は空いていたけどね。隣のおじさん とも仲良くなって、相変わらずスワヒリ語のアナウンスしかしない空間を乗り越えた。12 時 50 分くらいにウガンダについた。ウガンダには税関などはなく、預け入れ荷物をとったのちに形だけの X 線検査をした。イエローカードの提示は、検査官が抽出した任意の人だけだった。現地での正式なVisa取得は、簡単だった。空港を出ると「タクシーに乗らないか?」という勧誘がすごく来るのが面倒臭かった。その後、現地の団体のスタッフと合った。昨年行った先輩からは女性のスタッフがいい対応をしてくれたと聞いていたのだが、今は女の人のスタッフがいないらしい。そして、去年いたインターンの人かもいないらしい。ウガンダについてから、両替と Sim カードの取得を男のスタッフに頼んで実行した。両替の時は、ドルを出して両替した。もちろん、日本円は扱っていなかった。表示は合ったのだが。両替してくれたウガンダシリングはボロボロだった。両替の際に新品を出してくれるのは日本くらいということだから違和感を感じた。そののち、ホテル(ゲストハウス)に行った。ここでは、ゆっくりゴロゴロし映画を見て音楽をきき時間を潰していた。送迎してくれたスタッフが後で他のスタッフがあとでくるよと言っていたので待っていてもなかなか来ず、現地団体のトップに電話したら、疲れているから今日は終わりだよ。と言ってくれた。また、その際に腹減ったと喉乾いたことを伝えたら、のちにゲ ストハウスのスタッフが持ってきてくれた。ご飯(コメ)は、脂っぽ く半分残してしまった。お肉は、歯のような骨がたくさんついており食べづらかった。でも、美味しくいただけてよかったのだ。ゲストハウスにはなんとシャワーがあり驚いた。多分、雨水だけど。トイレもあったが、トイレットペーパーはなく持ってくればよかったなぁと後悔している。24時間以上の移動はさすがに身体に応えた。塩分チャージを摂取して寝る。

 

ホテルの様子。

https://www.instagram.com/p/B1UNsAjHDcr_evfj-07Y0CfK7DOdrt1gEOAx6w0/

アメニティなどは、もちろん何もない。コンセントはあったのでよかった。

ウガンダ初日 8/16

 10 時に羽田空港国際ターミナルについた。 そこから私が乗る中国南方航空でカウンターチェックインをしようと した。(オンラインチェックインは、できなくなっていたため)しかし、カウンターは 13 時 10 分まで開かないという趣旨を聞かされて、 日本での最後の昼ごはんであるカツ丼(ヒレカツ、卵とじ)を食べ、屋上に行き飛行機を眺めて時間を潰していた。13 時になりカウンター に行くとすでに長蛇の列であった。そこで、1 時間程度ならび無事にカウンターチェックインを済ませた。ウガンダに渡航する際にスタッフが打つ事項として、現地の住所と電話番号があるらしい。しかし、 ウガンダには住所という文化がなく(ウガンダ以外のアフリカでもそ うであると思うが)空港スタッフ側も私側も戸惑っていた。最終的に は、ICYE の P.B.BOX と電話番号を教える形でまとまった。そのあと、 カウンターで荷物を預けた。驚いたこととして。羽田で預けた荷物が そのままウガンダまで運ばれるることだ。ロストバゲッジをする 未来しか見えなかったがきちんと私の元まで運ばれて来た。カウンタ ーでの用事を済ませたあと、出国前最後の日本食のズンダシェイクを 食べた。ズンダシェイクはマジで美味しい。これを食べ、満足して出国手続きに移行した。出国手続きをする前、母親と別れる時なんだか すごく寂しさを覚えた。6週間も母親と別れることが初めてだったか らだろうか。その後、中国の広州行きの飛行機に乗った。席はチェックインの遅さと満席が相まってか、真ん中の列の真ん中になった。飛 行機は、定刻より 15 分遅れて出発した。16 時ごろ羽田を出発して 17 時 30 分くらいに第一回の機内食があった。ここでは、チキン or フィッシュと聞かれフィッシュを選んだ。その後食べ終わり、食器等が回収され、20 分程度たったのちなぜか CA さん(中国人)に食べ残りのフルーツ食べる?となぜか聞かれた(ような気がした)。あれはなん だったのだろうか。中国語で聞かれたのと寝起きだったせいでさっぱりわからなかった。さて、機内アナウンスは中国語→英語→日本語の順にアナウンスされた。日本語は、日本人の添乗員さんがアナウンスしていたため聞き取りやすかった。この1人の日本人の CA さんを除くとあとは中国人の CAさんだった。半数は、モデルをやっているのではないかというくらい、顔が小さく美人さんだった。広州に行くまでにドリンクサービスや機内食の配達で、私は最初には中国語で話しかけられた。顔が中国人よりなのか??そんなこんなで中国時間 19 時 50 分(日本時間 20 時 50 分)に広州に到着した。広州の空港のトイレに入るとアメリカのお菓子見たいな匂いがした。この匂いの元は、泡石鹸だった。また、便器は長方形で座り辛い。もちろん便座の消毒液などもなかった。(ウォッシュレットは言うまでもない)。しかし、トイレットペーパーはそのまま流してよく驚いた。また、空港にはたくさんの温水を入れるスポットがあった。多くの中国人が マイボトルを持っていたため、中国にはマイボトル文化があるのだろうか?Transfer では no water??と空港職員がひたすら聞いていたた め、せっかく温水を入れても捨てる運命だったのか?ここの Transfer が今回の旅でのはじめの英語を使う場所となった。なんか途中よくわ かんなかったけど、year!って言ってたら Transfer が終わってた。そ の後、喉が渇いていたため中国語で便利店って書いてあったお店で 16 元のエビアンを買った。16 元っていくらなのか、安いのか?高いの か?さっぱりわからなかったので、カード会社からの請求が来てからのお楽しみだ。ここでも、店員さんが可愛く、旅の出鼻はいい感じだ。広州ではトランジットが 2 時間程度あったため、空港内をうろちょろしたのち、Wi-Fi につなげて遊んでた、Wi-FiのIDなどを取得する機会がなぜか日本語のみで案内されており、どこの国のおじさんかわからない人に教えてあげた。その後、アマゾンプライムで「言の葉の庭」を見て時間を潰した。中国時間 22 時 40 分に広州を出発した。 席は窓側だった。機内においてバンコク経由である事を知った。出発 してから1時間後くらいに再び機内食が提供された。今回は、チキン or ベジタリアン?と聞かれチキンを選んだ。そしたら、餃子パイの ようなものとチョコマフィンが出て来た。広州からバンコクまでも CA さんは中国人が多かった。今回の CA さんは愛想がなく怖い人が多かった。機内アナウンスは、英語→中国語の順で流れた。タイ時間 25 時(日本時間27時)にバンコクに到着した。