ウガンダ44日目 9/28

 飛行機に乗ると、隣はケニア人だった。何枚か一緒に写真を取ったり、行く場所について喋ったり、その人のところにはヘッドフォンが なかったのであげたりして仲良くなった。中国についた時にも写真を撮って、ブルートゥースで写真をもらって連絡先を交換して別れた。 また、今回の機内食は行きよりも美味しく感じた。特に肉だ。何と言っても嚙み切れる肉が出て来たのだ!それに感動した。また、久しぶりの牛肉。やはりうまい。今回は、肉 or 魚だったが迷わず肉を選 んで正解だった。また、任意の人だけに配るパイやサンドイッチももらい美味しくお腹を満たし、ケニア中国のフライトを終えた。このフライト中には、ベイズとキムタク主演のマスカレードホテルを見た。帰りのフライトは、タイを経由しなかった。経由するしないはどうやって見分けるのだろうか。また、遅延で有名な中国南方航空なのに早くついた。何かの奇跡だろうか。中国についてから、航空券を発券してもらい検査を受けてから飛行機の搭乗口まで行ったら係員含めて誰 1 人いなかった。また、5 時過ぎだったので太陽もなく 1 人でレポー トを書いていて寂しかった。7 時前になると係員も来始め、太陽も上がり始めたので安心だ。もうそろそろ 8 時になる。冷水を汲みに行っ てから、搭乗の準備をするとしよう。乗ってみると機体は綺麗で感動した。当たりの機体だ。しかも、隣はいない。あと 4 時間で日本に着くということと周りの客の多くは日本人で、帰って来たことを実感し始めた。機内では、高畑充希と福士蒼汰の「猫旅レポート」をみた。高畑充希の声に癒されながら、寝てしまった。起きたら機内食の時間だった。今回は、魚を選んだ。普通に美味しかった。そこには、蕎麦もあり感動した。しかし、外国人の多くは蕎麦を残していた。食べ方 がわからなかったのだろうか。そのあとも、映画を見ながら寝落ちをして気づいたら日本の近くだった。そうしてようやく、到着予定時間 より 20 分近く早く日本に着いた。検疫所に行ってウガンダから帰って来た主旨を伝えると、エボラ熱に関しての経過観察対象者はコンゴ からの帰国者に限定していると言われた。出国時には、ウガンダから 帰って来た人たちも対象者だっためラッキー!着いてから荷物の受け取り場所に行った。ここで最後の問題が生じた。いつまでたっても自分の荷物が出てこないのだ。そして、30 分後。係員から last の文字 が。まじかーーい。ロストバゲージですかい。係員に言ったら、カウ ンターに連れて行かれて帰りの搭乗券の全て、パスポートを提出して、荷物の特徴を聞かれて、住所などの必要事項を書いた。ちなみ に、荷物はケニアにあるらしい。終わった。荷物がケニアにあるとい うことは、毎日飲まなければならないマラリア予防薬がない。そのため、病院に取りに行かなければならない。税関を抜けた後は、迎えに 来ていた母親に荷物がロストしたことを伝え、またマラリア予防薬がないこと、寄生虫が足にいるかもしれないから病院に行きたい主旨を 伝え、渡航前に行っていた国立感染症研究センターに電話をして、そのあとに病院の救急科に行った。病院では、感染症科の先生に診てもらいウガンダでの生活の仕方などを聞かれた。また、スナノミの成虫はいないだろうと言われた。しかし、皮膚科の専門家に診てもらう必要があるため後日受診しなければならない。また、車にいる途中に保険会社に連絡して保険金がおりる条件を聞いた。ロストバゲッジの際の保険の対象は、家に帰るまでに買った生活必需品かつ72 時間以内に限るということだから驚いた。日本に帰って来てからも色々大変だったがなんだかんだで無事に家に帰ることができた。43 日間の日記はここで終了です!!

 

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土曜日に定刻より早く日本に着きました。行きは遅れまくりだったので、奇跡が起こったかと思いました。1枚目は、ケニアから中国に行く時に隣に座ってたケニア人。12時間もフライトがあったので仲良くなりました。4枚目は、荷物です。いまさっき、届きました。空港について荷物を待ってたらlastの文字が。なんと荷物は、まだケニアにあったらしいです。ロストバゲージはいやですね。今日、病院に行ってきてスナノミに寄生された所を見てもらったら成虫は確認できないし、炎症も起こしてない。と言われたので、取り敢えず安心です。43回も投稿を見てくれてありがとうございました。

#生存確認

#ウガンダ#孤児院

ウガンダ43日目 9/27

 1 時 2 分ごろ、チェックインが始まるというアナウンスがあった。アナウンスがあった後は、待合室から外に出て X 線がある部屋に入り直すという感じだった。よくわからなかったので、イタリア人に聞いてその人たちに対して、金魚の糞のようについて行って万事解決させた。荷物を預けるカウンターでは何事もなく終わった。その時にケニア航空が管轄するウガンダから中国までのチケットしかもらえずに不安だったが。そして、次は鬼門のイミグレだ。ネットで調べると日本人がよく賄賂を請求されるそうではないか。また、足止めを食らった人もいるらしい。女性の審査官でやばい人がいるとネットで情報を得た。イミグレの窓口は3つあり、右から女性、男性、女性だった。私は迷わず男性のところに並んだ。他の人は、何も知らないんだなぁと思いながら。というかイミグレの受け付けている様子はみんなから見えるからここで本当に賄賂などを請求されるのか?という疑問も生じたが。イミグレでは、顔写真を撮り(カメラが HD1080 だったのは、 画質悪くね)、両手のすべての指の指紋をとりパスポートに判子をもらって終了した。その後は、免税店でコーヒーとゴリラの物置と英語、スワヒリ語、ガンダ語が併用されている本を買った。本は、日本で買うより安いだろうと思い購入。ゴリラのは、以前ネットで見つけて欲しかったから。コーヒーも一個はネットで見つけたからで一個は 店員さんのベストコーヒーを選んでもらった。日本に帰ってから飲む コーヒーが楽しみだ。お土産を買ってからも bording time まで 1 時間程度時間があったので yes man を見ていた。Bording time の 15 分前くらいにアナウンスがあり、検査場に行ったら、くる時間が遅かったらしく他の人の横入りをして検査を受けた。Bording time って乗り始める時間じゃなかったけ?と思いながら。出発時間は、3 時 50 分予定だったのだが、なぜか 3 時 20 分にウガンダを出発した。これは特例ではなく毎日定刻より早く出発しているみたい。もはや定刻とは。 早く出発したのでもちろん早くついた。ケニアでのトランジットの時間が延びてしまったのだ。最悪。ケニアについてからはいつものよう に検査を受けてから椅子に座って映画を見たり、大学の同じ部活の部員と電話したり、 SNS いじったりして時間を潰した。同じ場所に 5 時間くらいいたら飽きたので場所を変えて、レポートを書いたり部員とまた電話したりしてケニアでの時間を過ごした。ケニアの空港物価高い。コーヒーウガンダの倍する。ケニアで飛行機に乗る際は、bording time になっても ゲートが開かなかった。なんやねんこの違いは!と思いながら部員と電話していた。ケニアから中国行きの飛行機にはほとんど中国人しかいなくてびっくりした。みんなケニアで何をやっていたのだろう。そりゃ、こんなに中国人がいたら黒人にニーハオって言われるわ。飛行機に乗ると時差でいつ日付が変わるかわからないから飛行機に乗ったところから翌日とする。

 

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ウガンダを出発して、ケニアにいます。乗り継ぎの時間が悪すぎて昨日から寝てないので飛行機の中で寝ようと思います。ウガンダではたくさんの経験をしすぎてここには書ききれません。ケニアを出発してから日本に着くまで約21時間。安全に帰れることを祈っててください。

#生存確認

#飛行機の9割中国人

ウガンダ42日目 9/26(雨→晴れ)

 朝は、7時には準備完了の状態で起きていた。カンパラは、孤児院に比べて暑かった。こっちの方が、標高が低いのだろうか。でも何をしたらいいのかわからなかったのでレポートを書いて自分の部屋で待っていた。8時ごろに部屋にティーとサモサを持ってきてくれた。サモサは、チャパティの生地にペースト状の豆を挟んであげたようなも のだった。美味しかった。そのあとは、ここの家の横でカフェを経営している日本人を紹介してもらった。今は、カフェをしていないらしく改装中だった。その人は、こっちでスタディーツアーとかをやって いるらしい。今の顧客は、京大や同志社の生徒たちだ。そこから色々喋った。別れた後もしばらくして、彼女が戻ってきてスイス人と話し ていた。そこで、いらなくなった薬などを渡してあげた。孤児院で渡して誤用されたら困るので日本語がわかる人に渡したかった。そこでまさかの日本人に会えたので万々歳だ。昼ごはんは、ポショにナスを乗っけたものが出た。ポショは残してしまったが、ナスは最後まで食べた。ナス嫌いだった自分。成長しました。ご飯の後は、家のテラスにスイス人の女の子が連れて言ってくれた。テラスからは、ビクトリア湖も見えて気持ちよかった。 その後は、自分の部屋でこのレポートを書いている。昨日現地団体の長が9時に迎えにくると言っていたのだが、今は 16 時。さて何時にくるでしょうか。結局 17 時ごろに迎えにはいかないという連絡が来た。それからは、スイス人の子に千代紙をプレゼントして鶴を折ってあげた。その後に、自分も折りたいと言ってくれたので教えてあげた。完成した時、私よりも上手でびっくりした。 実際、ホームステイ先の子供も彼女の方がうまい と言っていた。これは、認めるべき事実だろう。その後は、彼女がスイートバナナをくれて食べたり、夕食は昼と同じものを食べたり、 食後にマンダリンを食べたり、ウガンダ終盤で最初の牛のミルクを飲んだ。日本のより臭かったが許容範囲だ。ミルクを飲んでいる時に、ホームステイ先の子供が、1ヶ月の赤ちゃんを連れて来てくれた。1ヶ 月は、3ヶ月ベイビーよりももちろん小さくてとても可愛かった。8 時くらいにスイス人の女の子が寝るというので短い間だったが最後の別れをした。彼女が寝た後は、お世話をしてくれている女の子とボードゲー ム系の遊びをした。一個は、サイコロを振ってでために応じてピエロの体の一部を集めて最終的に一番長いピエロが完成した人が勝ちのゲ ーム。2個目は、よくわからなかった。ゲームをしながら過去のボラ ンティア生について喋ってくれた。とても良いボランティア生や 16 歳の男の子で、寂しがりやでずっと喋り相手がほしい子で大変だった ボランティア生、物を盗んで行った人の話などたくさんしてくれた。 話を聞いているうちに時間がきて現地団体のスタッフが 10 時過ぎに迎えに来てくれた。そこから空港に向かった。制限速度は、もちろんとてもオーバーしていたが。空港の近くで信号を初めてみた。信号には各々カウントがついており赤信号のカウントが 0 になった瞬間にみんながスタ ートをするので実写版マリオカートみたいで面白かった。点滅や黄色がないため、歩行者はとても危険だったが。空港には 11 時についた。チェックイン開始までには時間が 2 時間程度あったのでアオハライドを見て待っていた。その時に、今日あった日本人の方が心配してくれて連絡をくれたため安心した。日付は、映画を見ている間に変わった。

 

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ウガンダ最終日は、なぜかホームステイをすることになりました。ホームステイ先では、スイス人がいました。たった1日のホームステイでしたが、そこでの家族の温かさを改めて感じられるとともに孤児院との貧富の差を改めて感じさせられるものともなりました。2枚目は、1ヶ月のあかちゃんです。やはり、自分は子供が好きだし将来も子供と関わる仕事がしたいなと感じました。これから、空港に向かい朝の3時50分の便で出国します。

#生存確認

ウガンダ41日目 9/25(晴れ→雨→曇り)

 朝は、6時くらいに起きた。今日は、9時に迎えが来るらしい。朝起きて、いつものようにみんなにあいさつをするところから 1 日が始まった。そこでは、みんなが”see you”とか”thank you”とか行ってくれるのでその段階から泣きそうになった。一通りあいさつをした後は、赤ちゃんのラストミルクとラスト風呂をしに行った。相変わらず、ミルクは幸せそうに飲むし、お風呂はギャン泣き。しかし、途中からリラックスして来て、小便をしてしまうのもまた赤ちゃんらしい。 お風呂を終えて、体を拭き、オイルを塗った後は、服を着て、再びミルクを飲む。いつも限界まで飲むので、口から溢れて来たら終了。そして、横にしたまま何回か横に揺らしてあげれば1分も経たずに寝る。そうした、いつもの代わり映えのない朝を今日も迎えた。赤ちゃんとの最後のこの儀式を終えた後は、学校に行く子供達の見送りだ。最初に一番お世話になったヘレンが出てきた。彼女には、ゲロった時からお世話になっていた。最初に名前を覚えたのも彼女だ。そして、子供の中では唯一一 緒の建物で寝ている子だ。HIV を罹患しているのだが、それもわからないくらいいつも笑顔で冗談を言ってきて、何かと邪魔をしてくる愛くるしい子だ。後、2 人きりの時は距離感が異常に短い。だいたい、 ほぼ0距離まで近づいてくる。しかし、みんなの前ではツンツンだ。 無視もするし、対応もそっけない。これはツンデレですね。こんな感じで、濃い時間を過ごした女の子だった。最後に、ハグをしている時 も”I miss you”と言われてから自分は声も出ないくらい泣いてしまった。それを見て彼女も悲しそうな表情を浮かべていた。もう会えないのは、寂しいな。次は、ファリーダ。彼女は、今日から学校が始まるそうだ。歌が大好きな 14 歳でいつも歌を歌っているイメージがある。赤ちゃんをあやす時は、いつも歌っている。「アシタカイ ーヤ、アイアイ」みたいなことを言って「アイアイ」の時に赤ちゃんの体を前後にふり遊んでいることも多かった。子供たちの学校が始まってからは、スーザンがご飯を作り、ファリーダは、掃除洗濯を 1 人で やっていた。14 歳なのにマジですごい。休憩時間は、赤ちゃんと遊んでいたので比較的同じ時間を、赤ちゃんを通して過ごした。ファリーダは 最後に”thank you”と言ってくれた。自分は寂しすぎてまたここでも何も言えなかった。次は、プロース。彼女は、冷静なキャラで いじりづらい。しかし、実は遊んで欲しかったみたいだ。このことに気がついたのは、みんなでチャパティを作っている時。プロースが小麦粉を顔につけてきたのだ。その時から、小麦粉がある時は、積極的 に彼女に小麦粉を投げたりつけたりしてきた。その他にも、他の子供達をいじったり遊んだりにしたのもその時からだ。見た目と普段の言動だけじゃ、その人の性格までは測れないと学ばせてもらった子だった。最後は、特にハグをするわけでもなく、”bye bye”と言って別れた。結局、最後はクールだった。次は、ジョナ。一番手がかかった男の子だった。ボールを人の顔面に投げてきたり、指を曲げてきたり、何かで殴ってきたりして大変だった。しかし、言葉で言っても行動は変わらなかったので無視をした。無視をされるのは、一番辛いことだと 思う。そのため、無視を通して自分はしてはいけないこと、人を怒らせているんだなということを理解してもらいたかった。1回の無視で 完全には治らなかったが、2 回目の無視を通したらほとんど理解してもらえたようだ。もうすぐ帰ること伝えた後は、教会に行く時やMakondo に行く時は自ら手をつなぎにきた。本当は甘えたかったのだが、甘え方がわからなかったのだろう。彼も今日から学校らしい。赤い制服に身をまとい、その状態でハグをした。ジョナは自分から抱きついてきてくれた。彼とのハグが一番長く、一番泣いた。ハグをして いる時はお互いに何も言わなかったけど、お互い号泣していただろう。互いに顔を見ることなくその後は別れた。この時、気づいたのだがフィオナ、パヤスはもうすでに学校に行っていて最後のあいさつがちゃんとできなかった。そうして、少し時間があったのでいつも水汲みに行っていた場所まで 1 人で歩いて行った。この道を歩くのも最後なんだなぁと噛み締めて歩いて行った。途中で引き返したのだが、そこで何かを叫んだ。何を叫んだのかは忘れてしまったが。帰っている 途中に、ゴディ、スチュワート、アイザックとあってハグして別れ た。この 3 人は、朝からいなくなった大きな豚を探して走り回っていた。見つけたのは、だいたい 800m くらい先の Makondo。よく見つけたなと感心する。ゴディはいい子で優等生。自分のお気に入りの 1 人。しかし、いつもコーヒーの豆を投げてくるのが面倒だった。スチュワート は、最後まで名前を覚えることができなかった。正確に言えば、名前を聞いていなかった。みんなとは行動せずに基本的にラジオの前で寝ている子だった。アイザック。5歳児で頑張り屋さん。いつも、全力で行動しているイメージ。そんな 3 人との別れをして KCV に戻った。 帰ってから、スーザン、ヘンリー、アンブローズがいないことに気が ついた。前の 2 人は買い物に、アンブローズはどこに行ったのかわからず結局彼女とも最後のあいさつはできなかった。KCV に帰ってきて からは、ナーサリースクールの子供達と最後の挨拶に行った。まず、 グローリア、エマ、カロ、ベティのいる部屋に行った。彼女らとの別れはなんかそっけなかった。1 人 1 人とハグをしてから別れた。次に、ジョサ、ダニエル、ジュリのいる部屋に行った。ダニエル、ジュリ、ジョサの順にハグをした。3歳児のジョサは、走ってきて飛びついてくれ た。抱っこして、抱きしめていると涙が止まらなかった。ジョサは、 いつも”uncle jangu”や「カジュマー ジャングー」って言って呼 んでくれる。本当に可愛かった。次、会う時まで覚えていてくれるか な?エチゴンゴロ(虫)を渡して泣かせてしまった時は、ごめん。次 は、ジュリ。ジュリは、いつも笑顔なのが印象的だった。また、孤児 院の中で 1 人だけバッタを食べる女の子だった。焼いて食べるのはまだわかるが、生で食べているのはドン引きレベル。他の子供達は食べてないし、食べたくないと言っていた。4歳なのに毎朝の清掃を淡々とこなしていたのはすごいし、毎朝邪魔しに行くのがすごく楽しかった。邪魔してごめん。ジョサとよく一緒にいて、喧嘩していたけどきっと最高の親友になるんじゃないかな。次は、ダニエル。ダニエルとは3日間しか一緒に過ごして ない。しかし、カンパラに勉強しに行っている女の子の家に行く時に 2 回あっているから印象には 残っている。最後まで名前
を呼んでくれることはなかったけど、とても可愛かった。この 3〜4 歳児たちは、本当に甘えん坊で自分勝手で 本当に愛おしかった。最後にナカヨンドとシャロニのいる教室に行った。ここの教室には、ほぼ毎日顔を出していろんな写真を撮った。撮ったというか、大半は撮られたものなのだが。ナカヨンドは、ツンデレ。人が多いところでは決して甘えてこない。2 人になったり、教会で隣に座ったりした時は、とても甘えてくる。最後の方は、ずっと甘えてきていたが。性格的には、人の前に出たり、自己主張したりする子ではなかった。だから、甘えてきた時は存分に甘えさせてあげた。 最後のお別れの時は、彼女から飛びついてきてくれた。次は、シャロニだ。シャロニは、可愛い子というイメージだ。典型的な女の子という印象。子供達の中で一番上目遣いがうまい子だ。また、写真を撮ることが好きで会うたびに、”sim”と言ってきてポケットの中を探索し始める。容量が少ないから携帯を渡したくないときも、結局渡してしまうという魔性の女の子だ。この 2 人を同時にハグしている時も涙 が止まらなかった。そして、いつものドライバーが迎えにくるまで孤児院での最後の時間を赤ちゃんと過ごした。彼は、寝ていたのだが。赤ちゃんは、一緒にいたことを覚えてくれはしないだろう。しかし、私自身の中には一生残ることだろう。最後に mother が手紙をくれた。いつか KCV に帰ってきてね、と言ってくれた。最後に気持ちよさそうな寝顔を見ながらパシコの元をさり、再び各教室に挨拶に行って KCV を後にした。孤児院をでた後に Masaka にいった。まず、ピアスなどのお土産を先日 と同じ店で買った。理由は、カードが使えるからだ。ピアスを合計で 8個も買ったが、自分にそんなにピアスをつける友達はいただろうか。今日は、いつものドライバーがこのピアスを買ったお店まで送ってくれて、そこからマーケットまでも送ってくれた。お店では何枚か一緒に写真を撮った。マーケットでは、子供達の洋服を買った mother の妹のお店に行き、挨拶をしようと思ったのだがマーケットには、特設の洋服売り場は無くなって いてもちろん挨拶はできなかった。その人の子供達が学校に行けてないのは、ちゃんとした職がないのも理由にあるのかもしれない。残念な気持ちだった。その後に、マーケットの近くでロレックスを食べ た。ここでは、卵にキャベツと人参のミックスを入れるらしい。だからうまいのか?昨日のロレックスは、卵に玉ねぎを入れていた。完成した後にトマトの輪切りを乗っけて塩をかけるのは、変わりがなかっ たのだが美味しさの違いはなんだろう。卵にチャパティを乗っける前にチャパティを温め直しているからなのか?それとも、チャパティに人参見たいのを入れているからだろうか?塩加減?色々試して見たいと思うそこから、キテンゲ屋さんに挨拶しに行った。そこの娘さんはいなかった。だがしかし、whatup を交換した謎のお兄さんはそこにい た。なんの仕事をしているのだろう。キテンゲ屋さんは、インド系の人でそのお兄さんは普通のウガンダ人なのでおそらく家族ではないだろう。そうとなるとそのお兄さんはただの寄生なのか?まあ、なんでもいい。キテンゲ屋さんにいた時に、大量の雨が降って来たので止む までそこにいた。止んでから最後のあいさつをして、スーパーに向か った。そこで、まず目当てのコーヒーを買った。さらに、子供達の最後の欲しいものを買ってあげようと思ったが 20000UGX しかなく何も 買えなかった。ペンや少しのノートでも買ってあげればよかった。帰りの料金がわからず、ほぼ全額を使うのには勇気が必要だった。そうして、1時ごろにロジャと別れて乗合タクシーに乗った。出発するま では、30 分程度で今回は比較的短くてよかった。また、Masaka から カンパラまでの直行便だったので、人の乗り降りも少なく、また子供もいなかったので今回はハイエースに 15 人しか乗らず比較的空いた状態(それでもすし詰めだが、自分の体の上に他の人の体がないため空いていると言える)だった。途中で、赤道の写真を撮ろうと思ったのだが寝過ごしてしまい写真を撮ることはできなかった。3 時間程度で首都カンパラまでついた。帰りの道は、行きと違くて初めて見る景色ばっかりだった。そのため、もしかしたら赤道のモニュメントはなかったのかもしれない。カンパラに着くと、バスターミナルまで超混んでいて途中下車した。その後、いつものドライバーが事前に連絡してくれていたボタボタの運転手と連絡を取り合い迎えに来てもらった。これが大変だった。人混みの中で全然声が聞き取れない。しかも、多分、相手は 現地語を喋っている。結局、落ち合うまで 20 分程度かかったが無事に会うことができたので一安心だ。混み具合は、半端じゃなかったので、写真撮ってくればよかったと後悔。彼のバイクに乗って ICYEのオフィスに向かう時も比較的混んでいた。長距離のバイタクは初めてだったので少し怖かったが混んでいてそんなにスピードも出なかっ たので大丈夫だった。現地団体 のオフィスに着くと、スタッフたちが迎えてくれた。オフィスに滞在したのちは、今日の自分の宿へ と向かった。初日と同様にホテルなんだろうなぁ、と思って車に乗っ て、ついたよ、と言われた場所に明らかに民家。そこで一言、ドイツ人の子もいるから。???。言われた時は何を言っているのかわからなかったが、今日はどうもホームステイらしい。そしてその家にいたのは、ドイツ人ではなくてスイス人。よくわからんが、まあいいとす る。ここの家は、富裕層だろう。家にいっぱいソファーがあるし、テ レビもある。また、スイス人の子が寝泊まりしている場所には、水洗トイレもあるしバスタブもあった。超驚いた。もちろん電気も通じている。Kiyumbakimu とは大違いだ。これが貧富の差というものか?ここの子供がまずは出迎えてくれた。そして、スイス人やお父さん、お 母さんや他のファミリーに挨拶をして回った。夜ご飯は、ロレックス を出してくれた。そうして、夜9時には寝床に着いたのであった。

 

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孤児院を遂に去りました。最後に子供たちを抱きしめてたら自然と涙が出てきて、止まりませんでした。いちばん厄介だった男の子とのハグ、お世話になった女の子とのハグの時は言葉も出ないほどでした。最後にMasakaによって買い物をして帰りました。ここのマーケットの近くのロレックスがやはりいちばん美味しい9月頭に植えてた豆ととうもろこしがちゃんと育ってきてうれしい。最後のウガンダの宿泊は、ホテルだと思ってたらまさかのホームステイでした。そこには、ドイツ人がいると聞かされて言ったらスイス人がいました。なにがあるか最後までわかりませんね。

#生存確認

ウガンダ40日目 9/24 (晴れ→雨→曇り)

 朝は6時くらいに起きて、その後は赤ちゃんといる。これを書いている時間は 14 時だがまだご飯がない。お腹減った。ジャックフルーツと味噌汁とマラリアの薬は飲んだのだが..。そのまま夜までご飯が出て来ることはなかったのだ。夕方には 2 時間くらい雨が降った。止んだのちに最年長の男の子と 2 人で最後のチュワンガラにビール瓶を返しに行った。友人の母に最後の挨拶をして、”I miss you”と言われた時は、涙が出そうになった。また、日本の友達から頼まれていた薬局観察に行こうと思っていたのだが、まさかの空いていない。友達からのプロジェクトに対応できないではないか。残念。そして、あまりにもお腹が減りすぎたので帰りにロレックスを食べて、KCV に帰った。帰って来て男の子にガンダ語を教えてもらい、赤ちゃんと遊んで夜になるとmotherを迎えに行った。30〜40分くらい待たされた。子供達は、 motherが帰って来るとなんか緊張した様子。motherのいない10日間の方が楽 しそうにしていた印象がある。夜はマトケを食べた。うまい。それに加えてパンも食べた。硬いコッペパンみたいだった。Mother の息子さんは、ずっと病院に入院していて本当に体調がすぐれないらしい。孤児院にいた 39 日間のうち、半数程度しか motherと共同生活をしていない。そのため、聞きたいことはたくさんあったが あまり聞けることはなかった。今振り返ると、最初の方からガンガン 最終目標やアドバイスをあげるよと毎日のように行って来てくれたのは、お見舞いに行くことがわかっていたためだったのだろうか。

 

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今日は本当に孤児院最後の夜になります。明日は、1人で首都まで行かなきゃなりません。3,4時間、定員の倍乗ったハイエースに揺られて行きます。孤児院で過ごした38日間は、とても濃く一生忘れることはないと思います。一枚目の写真は、昨日から孤児院に来た子です。と言っても前に孤児院にいて先日まで親戚の家に居たそうです。投稿は日本に帰るまでの残り4日間します。最後までよろしく。

#生存確認

#質問待ってます。

ウガンダ39日目 9/23 (晴れ)

 今日は、孤児院最後の日の可能性があったので6時くらいに起き、朝日の写真を撮りに行った。1 人で電波塔まで行った。太陽が山の中から出て来るのは感動したし綺麗だった。雲海とのコラボレーションでさらに壮大に見えた。30〜40 分くらい見とれていたと思う。田舎での生活を憧れている時もあったが、このような朝日や先日のような夕 日、昨夜のような星空を憧れていたのだろう。KCV に帰ってからは、 学校に行く女の子 3 人組とHIVの男の子を見送り写真を撮った。もしかしたら、最後になるかもしれないという気持ちを込めて。今日の一日は、 いつ迎えに来るかわからないまま過ごしていた。どこかに行くわけで もなく、孤児院で何かをするわけでもなく時間を過ごした。朝 8 時から夜 20 時までずっと赤ちゃんのそばにいた。それだけ、赤ちゃんのことが愛おしいのだろう。夜は9時くらいに一旦寝てしまった。起きてみると電気が消されていたので、子供たちが消してくれたのだろう。子供たちありがとう。そのまま、コンタクトを外し朝まで寝てしまった。蚊帳の中に寝ているのに、閉めないで寝てしまったのでまるで蚊帳の外だ。というか、結局迎えに来ないんかーい。っていうのと mother いつ帰って来るんかーい。

 

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孤児院から見る最後の朝日だと思って写真を撮ったのですが、スタッフが迎えに来なかったのでたぶん明日まで孤児院にいます。子供たちと遊べる時間が増えたので良しとします。3枚目は、ウガンダからも福浦の応援をしている赤ちゃんの様子です。最後の福浦選手ちょーかっこよかったです。

#生存確認

ウガンダ38日目 9/22(晴れ)

 朝は6時前に起きて6時30分ごろに孤児院を出て教会に向かった。教会に着くと、先週よりもはるかに少ない人数しかいなかった。 学校が始まったためだろうか。社会人たちも何かが始まったのだろうか。しばらくすると、ある学校の子供達が大勢教会に入って来て、歌を歌い出した。そこには、先日教会でハモっていた女の子がいた。また、その子は今回の儀式でも 1 人で歌い始めたり、みんなの前でマイクを用い歌ったりするほどの実力者だった。さすがに、みんなの前で歌う時は、声が震えていたが圧倒的な歌唱力だった。私は今回の儀式の最中では、赤ちゃんを抱きかかえたり左に座っている3歳児の女の子と右に座っている5歳の女の子と遊んだりしながら最後の教会をあとにした。KCVに帰って来てからは、水汲みに行った。多分これが子供達と行く最後の水汲みになるだろう。そのあと、今日が最後の日曜日だったのでみんなと写真を撮ってそのあとにプレゼントを渡そうとした。しかし、みんながなかなか揃わない。午前中は、寝坊した組が教会に行っているし、午後になったら男の子たちが鶏用の餌を取りに行く。結局集合をかけてから写真を撮るまでに 2,3 時間かかった。写真を撮る時、私が子供達を撮る時には申し分なかったのだが、私を入れて撮るのが難しかった。 そのため、孤児院で遊んでいた他の子供にとってもらうために子供を呼んだのだがなかなか来てくれない。また、そうしているうちにたくさんの子供が写真の列に入って来た。まぁいいかと思いながらその子供達も含めて写真に収めた。最後は、どうしても自分が写りたかったので、孤児院の子供達に現地語で説明させて遊んでいる子供に写真をとってもらった。その時は本当にカメラの性能に助けてもらった。オートフォーカスと音声認識による自動シャッター。これによりただ持ってもらっているだけで写真を撮れるという優れた機能だ。ウガンダ で画面がさらに割れてしまって、またバッテリーも日本を出る直前に変えたのにもかかわらず全然持たないのでおそらく日本に帰ったらお役御免だろう。写真を撮ったあとは、子供達にプレゼントタイムだ。 ブレスレットを3つしか持っていなかったため、どの女の子にあげるか最後まで決まらなかった。最後は、最年長の男の子と相談して決めた。結局、年功序列のような形式になったのだが。子供達にあげたものとして、お菓子、ボールペン、服、軍手、折り紙、帽子、ブレスレットをあげた。小さい子供にはお菓子、授業(孤児院の)がある子には、ボールペン、いつも一緒に畑仕事をしていた男の子二人組には、軍手、服、鉛筆、消しゴム、女の子には、帽子、ブレスレット、折り紙。お菓子とブレスレットは、折り紙で作った箱を2つ重ねて中が見えないようにしてあげた。また、袋に入れて子供達自身に選ばせてあげることによってさらに盛り上が った気がする。いつもご飯を食べてもらっていた女の子には、帽子をあげた。理由としては先日、私の 帽子をずっとかぶって楽しそうにしていたからである。あげた後も、 寝るまでずっとかぶってくれていたので多分喜んでくれていただろう。また、ブレスレットをあげた 3 人も寝るまでつけていてくれた。 あげた甲斐があった気がする。継続的に使ってくれたら嬉しいのだが。プレゼントをあげた後は、最後のチャムカマに行った。そこでは、日本に持って帰る用のビールを買うこと、友人の母に最後の挨拶をすること、男の子にポークジョイントを買ってあげることの3つを目的にして行った。最初にポークジョイントを買ったのだが前回はスパイス込みで 4000UGX だったのでそれだけ渡した。しかし、今日は5000UGX らしい。値段を統一しておいてほしい。気分で色々変わるのは こっちの特性だから仕方がないか。今回は、スパイスはなかったが豚 の素揚げに塩を振っただけでも十分に美味しかったのでよしとする。 子供達に、ポークジョイントを待ってもらっている間に最年長の男の子と他のものを買いに行った。ビールを買っている際に他のお客から金くれだのこれ買ってくれだの言われた。外国人=金持ちみたいな味方はこっちでは 結構されるので対策を考えたい。夜帰って来てからは、星を見ながら ビールを飲んだ。今回は、CLUB ではなく EAGLE を飲んだ。クラブより 1000UGX やすいがあまり美味しくなくて最後まで飲めなかった。しかし、星空の下でブランコに乗りながら飲むビールは美味しい。普段生活している殺伐とした風景の中過ごすのとはやはり異なる。日本に帰ってからも、星空の下でビールを飲みたい。飲んだ後は、味噌汁を飲みながら赤ちゃんと戯れて夜を過ごした。また、明日に迎えが来るかもしれないので色々と出発する準備をしてから寝た。(一日の行動のメモ に「孤児院だけと自分で取れない」ってあったのだがなんのことだろう..)

 

今日のインスタグラム

 

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子供たちと過ごす最後の日曜日なので朝から教会に行って、そのあと孤児院の集合写真を撮りました。1枚目は孤児院の子以外も一緒に写ってて、2枚目は孤児院の子供たちだけです。今夜はおそらく最後の孤児院で過ごす日となると思うので、ブランコに乗りながら1人で地ビールを飲んでました。当日にならなきゃ予定がわからないのは、最後までアフリカっぽいです。

#生存確認

#質問待ってまーす

ウガンダ37日目 9/21(晴れ)

 今日は6時前に起きた。起きてからは、子供達にあげるプレゼントの準備をした。折り紙で box を作り、それを2重にして蓋つきの箱にするわけだ。難しいのがプレゼントの配分。誰にどれをあげるかがむずかしい。どうしよう。朝飯を食べてから、先日怒った男の子と遊んだり、レポートを書いたり、赤ちゃんをお風呂に入れたり(初めての 1 人での赤ちゃん のお風呂!!!!!!)して時間を過ごしている。10時前に女の子にキャッサバ掘りに誘われたので行ってこようと思う。キャッサバを掘りに行ったら先に他の女の子がいてすでに掘っていた。そこの畑は、昨日頭を KCV の門にぶつけたのを見ていたおばあさんの畑だった。今日のキャッサバは、モザイク状になっていなく大きさも程よかった。帰って来て昼飯を食べてから先日家まで送って行った女の子の実家に行った。今、彼女は学校の先生になるために、カンパラの学校に通っているため家にはいないのだが、最後に挨拶がしたくて家にきた。家に行ったらまず、お母さんが”Kazuma-!“って言いながら抱きしめてくれた。そのあとに、お父さんもきて抱きしめてくれた。ウサギの肉を出してくれると言うので兎小屋の前で時間を潰したり、子供達に夢を書いてもらったりして待っていた。また、一緒に来た男の子の1人にはボランティアについてどのように感じているかも書いてもらった。どんな回答が来るのか不安だが、楽しみだ。また、待っている時はドラマか映画のようなものも見せてもらった。英語の吹き替えなのだが、雑すぎた。基本的にセリフがないときにガンダ語をぶち込んで来るのだが、そのときには他の音は止まっている。また、セリフがないときに言い終わらない時は、英語のセリフを止めてガンダ語をぶち込んで来るので違和感しかなかった。その後、夕食をご馳走になった。前回よりもだいぶ豪勢なものをいただいた。ウサギの肉やスイートポテト、キャッサバ、ジ ャガイモなど。ウサギの肉の話を聞いたあとだったので余計に美味しく感じた。ウサギの肉は、高級ホテルで出されるらしい。そのため、買い取り価格も高い。また、育成スペースは豚、牛などに比べて小さくてよく、頑丈に作らなくても比較的大丈夫。育成期間は、5〜6 ヶ月 で、買取価格は 40000UGX(1200 円)らしい。ここでは、20匹程度のウサギを飼っていた。小さいのから大きいのまでいた。子供のウサギ は、母親ウサギが生んでいる。他の肉も買うのは高いため、各家庭で はウサギやヤギなどの何かしらの動物を飼い、それを食べるらしい。 日本では、ウサギは食べず猫と同様にただのペットだよと伝えると大変驚いていた。また、犬はネズミが家に侵入して来るのを防いだり、 へんな人が来るのを防いだりする目的があるそうだ。目的がなく、ただただ何かを飼っていると言うわけではなさそうだ。食べ終わった後は、カンパラにいる彼女と電話した。相変わらず元気そうでよかった。今日も、最後には歌を歌って送り出してくれた。家を出るときに、また全員がハグで送り出してくれたのだが本当に泣きそうになった。たった 2 回しか会ってないのに本当の家族のように接してくれた暖かさは忘れることはないだろう。その際に、家に飾ってあった”LET MY ENEMIES LIVE LONGER SO THEY MAY WITNESS MY SUCCESSTOMORROW”と書いてあるタペストリーをいただいた。日本に帰ってから自分の部屋に大切に飾りたいと思う。帰って来てからは子供達がラジオで流れて来る曲に合わせてダンスしていたのを見て楽しんでいた。明日は、ラストの教会なので 寝坊しないようにしたい。今思い出したのだが、夕食の時にホットペッパーを出してもらいかじったのだが死ぬほど辛かった。

 

今日のインスタグラム

1枚目は、キャッサバを剥いてるところ。皮をちゃんと剥かないとシアン化合物を摂取する運命になるのでちゃんと剥きます2,3枚目はうさぎです。ウガンダではうさぎ食べます。高級品です。友達の家に最後の挨拶に行ったらおもてなしで作ってくれました。ウサギ小屋を目の前に食べるのは、マザー牧場で羊と遊んだ後にジンギスカンを食べるのに似てます。 あしたは、最後の教会。起きれるように寝ます。

#生存確認

#腕になぞのアレルギー反応

#jigger

ウガンダ36日目 9/20(晴れ)

 朝起きてからは、学校に行っている組の写真を撮った。そのあとは、また、赤ちゃんを自分の布団に持って来て一緒に寝ていた。寝かしつけてからは、鶏の子供がキャッサバを食べているところを写真に撮り、ナーサリースクールの子供がご飯を食べているところを写真に撮り、赤ちゃんにミルクを与えてから休憩していた。そのあとに、女の子が私の帽子を見つけ出し赤ちゃんにかぶせたことから赤ちゃんの写真撮影会が始まった。超可愛い写真が撮れたので大満足!ナーサリースクールが終わり、午後になってからは念願?の折り紙大会をした。私が 1 人で折り紙を勝手に折っていたら子供達は勝手に来るだろうという想像は完璧にあたり、5分後くらいからだんだん子供たちが集まって来てこれ折って〜のオンパレードだった。と言ってもほとんどが box だったのだが。ドレスやアイスクリーム、チキンや犬、ゴリラなど友達が準備してくれたものは一通りやって喜んでもらえた。しかし、子供達にはまだ難しいようで 1 人の子だけしか犬を作ることができなかった。折り紙を教えて、丁寧に子供達に作らせることは不可能なのかな?。日本に帰ったら保育専攻の友達に聞いてみよう。折り紙 大会の後は、自分の携帯を用いた写真を子供達が勝手に撮る会と写真 と動画を見る会が始まった。スナノミになってから子供達は、その時の動画を毎回見ている。マジで好きだな笑。女の子の1人が帰って来てから、芋を掘りに行くと言うので自分も付いて行った。場所が例の塔の近くだったので、私が行きたいと言うと連れてってくれて一緒に写真 を撮った。そこから、芋掘りに向かう途中で他の女の子が迎えに来てくれた。また、途中で野生のパッションフルーツがなっていたので 3 人で食べたり、写真を撮ったりしてパッションフルーツを味わい、楽しんだ。帰って来てからは、また赤ちゃんと遊んだ。そして9時くらいに仮 眠をとったらそのまま12時まで寝てしまい、コンタクトを取ってか ら再び寝た。

 

今日のインスタグラム

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孤児院での(たぶん)ラストとなる平日の夜を過ごしました。土日の夜は、音楽がずっと流れているので最期の静かな夜です。あと一週間後にはウガンダを離れるのですが、帰りの飛行機の日程しか決まってません。それまでのスケジュールは、相変わらず真っ白です。子供たちと迎える最後の土日、全力で楽しみたいとおもいます。

#生存確認

ウガンダ35日目 9/19(晴れ)

 朝起きたのは7時過ぎ、その後いつも通りの朝を迎えた。朝起きて、赤ちゃんが寝ている部屋に行くとそこには大きな蛙がいた。日本では、見ない色だったので触ることなく、動画写真を撮って終わらせた。そのあとに、4歳児クラスの子供達が英語のアルファベットや単語を読み上げているところに邪魔して写真を撮ったが、やはりみんなこっちを見てしまうのですぐに引き上げた。そこから、朝日が綺麗だったので9時前くらいに、電波塔のところまで行って男の子たちと写真を撮って、「ウガンダ、バーイ!」と叫んで帰った。まあ、これがラストにならなかったのだが。帰りは、寄り道して帰って、日本より大きいありの集団を見たり、小さいありが専用の道 を作って通っているのを見たり、マトケとスイートバナナの違いを説 明してもらったり、2種類のヤム芋を見せてもらったりしてこっちの食べ物の実際に育てているところを見せてもらった。帰って来てから、キャッサバを取りに行った。今回は、場所が少し遠く坂道も凸凹 で行くまでも大変だった。今日のキャッサバは、全体的に大きくてモザイク状もあった。大きいと酸っぱくなってしまう。また、スモークキャッサバができないので個人的にはとても残念である。また、キャッサバを取りすぎたため持って帰るのが大変だった。リアカーには、 乗らない量を取ってしまったので、小麦粉などを入れる袋にキャッサバを入れたあとに入り口をバナナの葉で多い、バナナの木の幹の葉を細長く切ったのを紐がわりにして縛っていた。また、前からも引っ張るためにバナナの葉を利用して前輪の近くに結び、それを引っ張ってキャッサバを孤児院まで運んだ。2 時間程度かかったため、私はキャッサバを収穫している時に貧血のような症状と熱射病みたいな症状を感じたため、孤児院に帰って来てからはずっと赤ちゃんと遊んだり、寝たりした。2時前に帰って来てから10時ごろまでの 8 時間一緒にい た。その間に、何回も寝るし、泣くし、ミルクあげなきゃだし、遊んであげなきゃだし、オムツをするお金がないので小便を自分や自分の布団にかけられたりして大変だったが、可愛いので全て許せる。育児をする人は大変だなと感じた日だった。10時くらいに、パシコを女の子たちに任せてからは、自分はすぐに寝た。

 

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孤児院の責任者が出かけてから1週間くらいになります。いつかえってくるのでしょうか。自分がここの孤児院をあと3日で去るか5日で去るかをきめなきゃいけないのに、帰ってこないため話し合えません~。 キャッサバは、やっぱでかいですね。でかいと酸っぱいので小さい方が自分は好きです。

#生存確認

#質問待ってます

#ウガンダ